なぜプログラミングを勉強するのか?

プログラミング
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プログラミングを勉強する様子

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python3の勉強をしている。

勉強した内容はこのサイトでもまとめてアップしたり、

ゆくゆくは個人でアプリケーションを1つ開発することが目標なので、

その過程や成果物をここに記録できればと思っている。

しかし、勉強すること自体は私にとってあまり楽しいことじゃない。

モチベーションを高く維持することは簡単なことではなく、

時々、「どうしてプログラミングを勉強しているのか?」と考えてしまうことがある。

まだ始めたばかりの今、ハッキリさせておかないと、

後々何か問題が起きてつまずいたときに起き上がることができなくなるかもしれないので、

ここで今考えていることをまとめておきたい。

「お金を払う・何かを買う」という行為について

私は、買い物を毎日している。(いきなり何を言い出すのかと思うかもしれないが)

買い物をすると言っても、買うのはもっぱら食料品と日用品だ。

時計や車、ブランド品、服などを欲しいと思うことはあるが、

最低限の清潔感を持った身なりを整えることができれば良いので必要以上に買うことはしない。

何を買うかはともかく、自分にとって必要なものは買って手に入れることが多い。

本来は食べ物やら服やらは自分で用意しなければならない。

しかし、自分で用意することができないから買い物をする。

中には自分で作ることができるものもあるかもしれないが、

自分が作るよりも、効率よく作る方法を知っている他の人に作ってもらってから買う方が早い。

あまり意識することはないが、

私達はお金と交換することで必要なものを手に入れることができる仕組みの中で生活している。

会社で働く理由は、自分にとって必要なものと交換することができるお金を手に入れるためだ。

お金を手に入れるにはどうすれば良いか?

お金を手に入れるにはどうすれば良いか?

働くことで給料がもらえる。当たり前の話だ。

しかし、なぜ働くことで給料がもらえるのだろうか?

それは、働くことで生み出されたものを誰かにお金と交換することを条件に提供されるからだ。

交換したお金の一部を給料としてもらっている。このことからわかるのは、

お金を稼ぐためには他人がお金を出してでも欲しいと思える「売れるモノ」が必要だということ。

私たちが持っている他人に「売れるモノ」は、労働力しかない。

労働力はさらに、私自身の時間と、その時間を使って提供する何かが組み合わさってできている。

時間だけがあってもできることは少ないので、私達は日々、勉強して資格を取ったり、

何かを経験することで労働力としての価値を高めるよう求められている。

資金がないなら「売れるモノ」を自分で作り出すしかない

お金があれば大体のモノと交換することができる社会で生きているので、

元から大量にお金を持ってさえいれば、日本にはないモノを外国から買ってきて、

それを日本の中で売るだけでお金を稼ぐことはできる。

しかし、それができるのは既に大量にお金を持っている企業や資産家だけになっている。

それほどの余裕は私たちにはないので、売れるモノを提供するしかないのだが、

雇われる際の条件は、企業側から提示されたものを呑むしかないことが多い。

提示されたその条件で満足できるかと言えば、できないことも多い。

つまり、労働力だけでは稼げるお金が少ない。

となれば、他の「売れるモノ」を自分で作り出すしかない。

プログラミングができれば自分のサービスを作り出せる

ここまできてようやく冒頭のプログラミングを勉強する理由に至るのだが、

他人がそれ欲しいと思えるほどのものを作ることができれば労働力以外の「売れるモノ」を作ることができる。

実際の形あるモノは機械や材料を用意しなければならないので、これまたお金が必要になるが、

プログラミングの場合は別だ。

元手はせいぜいパソコンと開発環境、それから作るための時間くらいのものだ。

それだけを使ってアプリケーションでもマクロでも何でも、誰かが欲しいと思うものを作ることができればあとはそれをコピペするだけで良い。

もちろん当たりハズレはあるが、他の手段を取るよりも圧倒的に必要なモノが少ない。

プログラミングを勉強する理由はその一点にある。

随分遠回りで大仰な話を書いてしまったが、

要は元手もリスクも低く稼ぐことができる手段だというだけの話である。

何か困ったことがあり、モチベーションが低くなった時にも続けられるように、

このことを忘れずに今後も勉強していきたい。

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